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シリア内戦を一から解説

2017/4/11 from Al Jazeera

Syria's civil war explained from the beginning | News | Al Jazeera

 

シリアで紛争が勃発してから7年が経過し、現在までに46万5千人以上のシリア国民が戦闘により殺害され、100万人以上が怪我をし、内戦開始前のシリアの人口の半分にあたる120万人以上のシリア人が元の居住地を追われた。

 

2011年「アラブの春」が勃発し、エジプトのホスニー・ムバラク大統領とチュニジアのザイン・エル・アビディーン・ベン・アリ大統領が退陣に追い込まれた。

 

同年の3月、シリアで「アラブの春」への支持を表明するグラフィティアートを行った15人の少年達が拘留され拷問されたことを受け、平和的デモがシリア国内でも発生した。15人の少年の1人、当時13歳だったハムザ・アル・カティーブは、残虐な拷問を受け死亡した。

 

バッシャール・アル・アサド大統領率いるシリア政府は、多数の抗議デモ参加者を殺害、さらに多くを拘留するという方法で、抗議デモに対応した。2011年7月、シリア軍からの離脱軍人がシリア政府打倒を目的とする「自由シリア軍」の結成を表明し、シリア内戦が始まった。

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少なくとも70万人が包囲され身動きが取れず、少なくとも490万人が支援物資などが届きづらいエリアに住み、少なくとも630万人がシリア国内で避難を余儀なくされている。

 

なにが反乱を産んだのか?

 

もともとは、自由の欠乏と経済的危機がシリア政府に対する国民の憤りの原因であったが、抗議デモ参加者に対する厳しい弾圧により国民の怒りは爆発した。チュニジアとエジプトにおける反乱の成功例は、シリアの民主主義活動家に希望を与えた。多くのイスラム原理主義運動もアサド政権による支配に強く反対した。

 

1982年、アサド大統領の父であるハーフィズ前大統領はシリア西部の都市・ハマでイスラム教同胞信者に対する軍事弾圧を行い、1〜4万人が殺害され、街全体が恐怖に震えた。

 

2011年に発生した当初の抗議デモの多くでは、宗派や派閥に関係なく参加者が集まり共にデモに参加していたが、軍事的な紛争が宗派間のはっきりとした分離を引き起こした。反対派闘士の圧倒的大多数はイスラムスンニ派である一方、その他の宗教的マイノリティーグループの多くはアサド政権を支持を支持した。

 

ほとんどのシリア国民はイスラムスンニ派である。しかし、シリア政府の軍事に関わる要職はアラウィー派により長い間独占されており、アサド大統領もアラウィー派である。

 

宗派間の対立は、その他のイスラム圏各国のスタンスも反映している。

 

また、地球温暖化も、2011年のシリアにおける反乱の勃発に影響を与えたとされている。2007年から2010年の間、大規模な干ばつがシリアで発生し、この干ばつが農村地帯から都市への人口移動に拍車をかけ、150万人ほどが都市へと移動し、都市における貧困と治安が悪化した。

 

 

外国の参入

 

海外勢力による支援と介入はシリア内戦に大きな影響を与えている。2014年以来、アメリカが主導する数カ国による連合は、ISIL (Islamic State of Iraq and the Levant, もしくは "ISIS")を空爆し続けている。

 

アメリカはアサド政権に対する反対を繰り返し表明している。しかし、バラク・オバマ前大統領が即座の介入につながる「超えてはいけない一線」と表現していた化学兵器を、2013年にアサド政権が使用したとされた後も、アメリカはシリア内戦へ深く関与することを躊躇してきた。

 

2017年4月7日、アメリカはアサド政権軍に対して初めて直接的な軍事行動に踏み切った。59発のトマホーク巡行ミサイルが、4月4日にシリア西部の都市クアン・シェイコンで発生した化学兵器による攻撃の拠点であるとアメリカ政府が考えているシリア空軍の基地に向け発射された。

 

ホワイトハウスの報道官は、トランプ大統領が「もしこれらの行動(化学兵器の使用)が続くようであれば、アメリカ合衆国は間違いなく、さらなる行動を検討する。とはっきりさせた。」と述べた。

 

2015年10月、アメリカはシリア反政府軍の兵士をアメリカ軍が訓練するプログラムにおいて、5億ドルをかけて60名の兵士しか訓練されなかったことが判明した後、このプログラムを廃止した。

 

2017年2月、CIA(アメリカ中央情報局)はシリア北部の反政府組織に対する資金援助と戦略サポートを凍結させた。しかし、自由シリア軍の情報によると、2017年3月後半には、資金援助は一定の範囲で再開しているとされている。

 

2015年9月、ロシアは、ISILおよび欧米諸国により支援されている反政府組織を含む、「テロ組織」とみなされるグループに対する空爆作戦を実施した。また、ロシアはアサド政権を支えるための軍事顧問団を展開している。

 

いくつかのアラブ圏の国々とトルコは、シリア国内の反政府組織に兵器と物質を供給している。スンニ派が大多数を占めるトルコ、カタールサウジアラビア反政府軍を強く支持している一方で、シーア派が大多数を占めるイラクとイランの政府はアサド政権、およびレバノンを拠点とする組織「ヒズボラ」を支持している。

 

2016年8月、トルコ軍と自由シリア軍は、トルコとの国境にあり戦略的に重要なシリアの都市ジャラブラをISIL奪還するため、そしてクルド人勢力民兵組織の進撃を止めるため、「ユーフラテスの盾」と呼ばれる軍事作戦を展開した。トルコ政府は、クルド人勢力を拡大し、結果として自治の要求を強めることを恐れている。

 

「ユーフラテスの盾」作戦は、2011年にシリア内戦が勃発して以来、トルコによる初めてのシリアにおける地上介入だとされる。

 

2017年3月、トルコは「ユーフラテスの盾」作戦の終了を公式に発表した。しかし、トルコのビナリ・ヤルディリム首相は次なる作戦のさらなる展開を示唆している。

 

シリアにおける「敵と味方」「誰が誰を支援しているか」について分かりやすく図にまとまっているアルジャジーラの記事→

Connecting Syria's allies and enemies - Al Jazeera English

 

 

反政府組織 

 

2011年に自由シリア軍が結成されて以来、数多くの新たな反政府組織がシリアでの戦闘に加わってきた。ISIL、ジャハット・ファテン・アル・シャム、イランが支援するヒズボラクルド人勢力によるシリア民主軍などがその一例だ。

 

紛争が進むにつれ自由シリア軍は弱体化している一方、ヌスラ戦線などのイスラム過激派組織は勢力を増してきている。2016年にヌスラ戦線指導者のアブ・モハメド・アル・ジョラニは、ヌスラ戦線の名称をジャハット・ファテ・アル・シャムもしくはアル・シャム解放戦線へと変更し、アルカイダとの関係を絶つことを公表した。

 

ISILはイラクの大部分を支配した後、2013年にはシリア北部および東部まで侵攻した。残酷な処刑方法とソーシャルメディアの積極的な活用により、ISILの悪名は急速に世界へと広まった。ISILには海外からの戦闘員が非常に多く所属している。

 

シリア北部に展開しているクルド人勢力も、支配地域での統治を目論んでいる。

 

レバノンの過激派組織ヒズボラは、イランとアフガニスタンもそうするように、アサド政権側についている。

 

反政府組織は力を巡って互いに争い、反政府組織同士での戦闘も頻繁に発生している。

 

自由シリア軍司令官によると、アサド政府軍が反政府組織からアレッポを奪還して以来、イドリブ県とアレッポ西部およびラタキア県の一部における軍事的支配を強めることを目的とした反政府組織による新たな軍事同盟が、シリア北部で結成されている。

 

シリアにおける戦闘はときおり隣国レバノンへも波及し、レバノン政治の二極化を招いている。戦闘を終結させるための数回にわたる和平交渉は失敗に終わっている。

 

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シリア国内における組織ごとの支配地域 

 

現在の状況

 

血生臭いシリア内戦において、化学兵器が繰り返し使用されている。2017年4月4日に反政府組織が支配するイドリブ県の街クアン・シェコンで少なくとも80人の市民が殺害された戦闘では、化学兵器の使用が疑われており、現在国連戦争犯罪の可能性を調査している。

 

1300トンもの神経サリンガス、およびそれと同類の物質がシリアから撤去されたという事実にもかかわらず、それから4年近く経った今でも化学兵器による攻撃が続いている。

 

2017年3月、アメリカが支援する軍事同盟は、ISIL包囲網を完成させISILの本拠地であるデイール・アズ・ゾール県への補給路を絶つことを目的として、ISILが支配するシリア北部の街ラッカに対する新たな作戦を開始したと述べた。

 

同じく3月、ダマスカス北部に展開していた反政府組織が奇襲攻撃を仕掛けた後、ダマスカス周辺での戦闘が激しさを増している。国連は、シリアの首都であるダマスカス周辺における戦闘により、30万人が身動きが取れず、人道的支援も届かなくなっており、戦闘地域への救援輸送の許可が必要になっていると報告した。

 

昨年12月に、シリア政府軍は反政府組織からアレッポを完全に奪還したと宣言しており、これは政府軍にとって6年間に渡るシリア内戦での最大の勝利となっている。ヒューマンライツウォッチ(人権監視団)によると、シリア政府軍はアレッポ奪還作戦の最終週に化学兵器を使用し、少なくとも9名を殺害、数百人に被害を与えたと報告されている。

 

現在シリア政府軍はアレッポに加えて、シリアの首都であるダマスカス、シリア南部の一部、本拠地であるデイール・アズ・ソール県、シリアとレバノンの国境地帯の大部分、そしてシリア北西部の湾岸地域を支配している。ISILおよびクルド人勢力は残りの地域を支配している。

 

シリア難民

 

シリア内戦は国境を越えて大きな影響を与えている。レバノン、トルコ、ヨルダンでは数多くのシリア難民を受け入れており、その数は今も増加している。これら3国にいるシリア難民の多くはより良い環境を求めてヨーロッパまで行くことを試みている。

 

シリア国内の大部分が破壊され、数百万人のシリア国民が国外へ逃れ、戦争により国民は心に深く傷を負っている。一つ確実に言えることは、戦争後のシリア復興は、長く、とてつもなく困難な道のりになるということだ。

 

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シリア難民の半数は子供であり、その数は少なくとも240万人にのぼる。少なくとも30万6千人が難民として生まれている。200万人の子供が現在定期的な支援を得られていない。20万人以上の子供が包囲された地域で生活している。

 

元記事→

www.aljazeera.com